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【特集】 食品分析における最近の話題(PartⅩⅨ)

 

農薬等のポジティブリスト制度および健康被害事案と分析法

 愛知県衛生研究所 食品監視・検査センター 上野 英二

 

1.はじめに

近年、食品を取り巻く不祥事が相次いで発覚し、「食」の安全・安心への関心がこれまで以上に高まっている。農薬関連では、平成13(2001)年12月以降に中国産冷凍ほうれんそうなどの輸入農産物において残留基準値を超過する事案が数多く報告され、また、平成14(2002)年8月以降、農薬登録が失効したダイホルタン(成分名 カプタホール)、プリクトラン(成分名 シヘキサチン)などいわゆる無登録農薬が輸入され、使用されている実態が次々と発覚して農産物が回収・廃棄されている。こうした情勢に対処するため、農薬取締法が改正され、平成15(2003)年3月に農薬の適正使用に違反した場合の罰則などが強化された。さらに、同年5月に食品安全基本法が制定され、リスク評価を科学的知見に基づき客観的かつ中立公正に行う機関として、内閣府に「食品安全委員会」が設置されるとともに、食品衛生法も大きく改正され、3年の猶予期間を経た平成18(2006)年5月より、残留基準が定められている農薬等のみを規制対象とする従来のネガティブリスト制度から、残留基準が定められていない農薬等についても一律基準(0.01 ppm)を設定し、原則として規制するポジティブリスト制度に移行した1)

この新たな制度に対応するため、GC-ECD(gas chromatograph with electron-capture detector;電子捕獲型検出器付きガスクロマトグラフ)を始めとして、含まれる元素などに特異的な感度を有する選択型検出器を装備したクロマト機器を用いる農薬等の個別・グループ分析法に加えて、クロマト機器に農薬等の一斉分析を可能とするMS(mass spectrometer;質量分析計)を連結したGC-MSなどを用いる多成分分析法が必要とされた。さらに、平成20(2008)年1月にメタミドホスが意図的に混入されたと考えられる中国製冷凍ギョーザによる中毒事案が発覚し、農畜水産物に加えて、これらを原材料とした加工食品中の想定外の農薬等にも応用できる網羅的なスクリーニング分析法が必要とされた。

このため著者らは、複雑な成分で構成される様々な食品中の農薬等を迅速かつ確実に検出して精度良く定量するために、①残留モニタリングデータを統計学的に解析して対象農薬を選択する方法、②物性の異なる多くの農薬等を効率良く抽出する方法、③多くの農薬等で損失が少なく、かつ装置を汚染・劣化させるなど機器分析上妨害となる夾雑物を効率良く除去する精製法、そして、④誤検出を防いで真度および精度の良い定量結果を得るために、分離特性の異なる2種類のクロマトグラフィー、および⑤サロゲート物質を用いたMSを第1選択として、特異的な複数の検出法を組み合わせた多成分系統分析法の開発を進めている2-14)

本稿では、それらの中から中国製冷凍ギョーザによる中毒事案が発覚した直後に作成した“農薬等による健康被害事案に対応する迅速分析法”、平成20(2008)年度に開発した“食品中のアセフェート、メタミドホスおよびオメトエートの同時分析法”、平成21(2009)年度から開発を進めている“食品中の残留農薬等の多成分系統分析法”、そして、平成22(2010)年度〜平成27(2015)年度に進められた「知の拠点あいち」重点研究プロジェクト事業“食の安全・安心技術開発プロジェクト”15)の成果物の一つとして、数百種類もの標準品を用いることなく広範の農薬等を簡易かつ迅速に検出し、スクリーニング定量を可能とする“GCMSマルチ定量データベース法”16)について紹介する。

 

2.農薬等による健康被害事案に対応する迅速分析法

平成20(2008)年1月30日、中国製冷凍ギョーザに混入された有機リン系農薬メタミドホスが原因とされる健康被害事案が大きく報道された。著者らは、その翌日に厚生労働省から通知されている“アセフェート、オメトエートおよびメタミドホス試験法(農産物)”17)などを参考にして迅速分析法を作成するとともに、ホームページによる情報提供18, 19)を開始している。

“アセフェート、オメトエートおよびメタミドホス試験法(農産物)”では、試料から無水硫酸ナトリウムで脱水しながら酢酸エチルで抽出し、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製後、GC-FPD(flame photometric detector;炎光光度型検出器)を用いて定性および定量し、GC-MSを用いて確認する方法が採用されている。酢酸エチル抽出法は、様々な食品から水溶性の高いメタミドホス(水溶解性>200 g/L (20℃)、logPow=−0.8 (20℃))20)などを含む広範の農薬等を脱水とともに簡易に抽出可能であるとして、1990年にスウェーデンNFA(National Food Administration;国立食品局)のDr. Arne Anderssonらが、“SweEt法(Swedish Ethyl Acetate method)”21)として発表して以来、多くの残留分析に応用されている。しかし、冷凍ギョーザでは脂質成分を始めとして夾雑物も多量に抽出される上に、シリカゲルカラムからアセトンで溶出する精製条件では脱脂が不十分となり、GCの注入部だけでなくMSの四重極部まで汚してしまう懸念があった。このため、できるだけ迅速かつ効率的な脱脂操作を追加する必要があると考えられた。また、本事案に必要とされる分析法は食品衛生法への適合性を判断するものではなく、急性毒性による健康被害に対処するものであることから、定量下限を0.1 ppm程度と比較的高く設定して迅速分析法を作成した。その概略は図1に示したように、試料から無水硫酸ナトリウムで脱水しながら酢酸エチルで抽出後、多孔性ケイソウ土カラムを用いたオンカラムヘキサン/アセトニトリル分配により脱脂し(図2)7)、さらにアセトン-n-ヘキサン(1:1)混液で10倍に希釈した試験溶液(0.1 g試料/mL)について、GC-FPD/NPD(nitrogen phosphorus detector;高感度窒素リン検出器)(図3)2, 19)を用いてメタミドホスなどの有機リン系農薬、同様にコリンエステラーゼ活性阻害作用を有するカーバメート系殺虫剤を始めとして含窒素農薬を網羅的に検出する方法、および同試験溶液にナフタレン-d8、フェナントレン-d10、フルオランテン-d10など多環芳香族炭化水素の安定同位体標識物質を内標準としてシリンジスパイクしてGC-MS(スキャン)により測定したのち、数百種類の農薬等の標準品を用意して試験のつど検量線を作成しなくても、迅速にスクリーニングが可能とされる一斉分析データベースソフトウェア5, 6)を用いて解析する方法とした。

この多孔性ケイソウ土カラムを用いる脱脂法では、メタミドホスを始めとして極性の高い農薬を対象とするために、残さをn-ヘキサンではなくアセトニトリル飽和n-ヘキサンに溶解して負荷し、さらに、n-ヘキサン飽和アセトニトリル10 mLで2回容器を洗い込んでいる。また、EPNなど極性の低い有機リン系農薬等も溶出させるために、カラムを吸引して大部分のn-ヘキサンを除去しており、脱脂効率は後述するGPC(gel permeation chromatography;ゲル浸透クロマトグラフィー)3)に劣るが、分液ロートを用いたヘキサン/アセトニトリル分配のようにエマルジョンを生じることなく、多くの農薬等を効率良く溶出できると考えられた。また、カラムを並べて同時に処理できるので、特に検体数が多い場合には迅速な分析法となりうる。なお、図3に示したように、GC-FPD/NPDではデュアルカラム方式を採用し、内径0.53 mmのガードカラムを装着して流速を約10 mL/minに設定したことで、注入された試料が瞬時にカラム内に導入される。このため、GC注入部でのメタミドホス等の吸着によるピークのテーリングやマトリックス効果によるピーク強度の上昇を大幅に抑えることができた。

本健康被害事案を契機として厚生労働省は、平成20(2008)年度から加工食品中農薬等分析法検討会を設置して、コリンエステラーゼ活性阻害作用を有するなど比較的毒性の高い農薬等の迅速分析法の開発に着手し、平成25(2013)年3月26日付け事務連絡により“加工食品中に高濃度に含まれる農薬等の迅速検出法”22, 23)を公示している。

 

3.食品中のアセフェート、メタミドホスおよびオメトエートの同時分析法

著者らは、前述の健康被害事案もあって、平成20(2008)年度に厚生労働省の残留農薬等に関するポジティブリスト制度導入に係る分析法開発事業により、食肉(牛筋肉、牛肝臓、牛腎臓、鶏肉)、魚介類(さけ、えび、あさり)、牛乳、鶏卵、冷凍食品(豚ギョーザ、えびシューマイ)などの畜水産食品を対象として、類似の物性を有し、分析上の問題点が多いアセフェート、メタミドホスおよびオメトエートの同時分析法を開発している8)

その概略は図4に示したように、試料に無水硫酸ナトリウムを加えて脱水しながら酢酸エチル中に抽出後、GPC(図5)により脱脂し、さらにPSA(primary secondary amine;エチレンジアミン-N-プロピルシリル化シリカゲル)ミニカラムを用いて脂肪酸等を除去した試験溶液について、LC-MS/MS(liquid chromatograph / tandem mass spectrometer;液体クロマトグラフ/タンデム型質量分析計)のSRM(selected reaction monitoringあるいはmultiple reaction monitoring;選択反応モニタリング)モードで測定、又はLC-MSのSIM(selected ion monitoring;選択イオンモニタリング)モードで測定し、定量および確認する方法とした。

本分析法は、前述の“農薬等による健康被害事案に対応する迅速分析法”とは異なり、食品衛生法の残留基準値への適合判定を行うための通知法として開発したものである。定量性を重視して慎重に検討を進めた結果、アセフェート、メタミドホスおよびオメトエートはいずれも極性(≒水溶性)が高く、前述のGC-FPD/NPDであっても、一律基準(0.01 ppm)レベルにおける定量ではGC注入部での吸着による感度変動を無視できないと判断されたことから、当時、普及が進んでいたLC-MS(/MS)を採用することにした。しかし、LC-MS(/MS)でも、極性の高い3農薬に対して一般的なODS (octa-decyl silyl;オクタデシルシリル化シリカゲルまたはC18)カラムでは保持が弱いことからピークがテーリングしやすく、特に、当初検討していた分液ロートを用いるヘキサン/アセトニトリル分配法により脱脂した試験溶液において、食品によっては夾雑物の影響によりピークが2段になる現象(いわゆる“すべり”)が散見された。しかも、熟成された牛肉などでは、ヘキサン/アセトニトリル分配操作において強固なエマルジョンを生じる場合があり、このような試料では、試料の損失と共にLC-MS測定においてアセフェートなどのイオン化率が元々低いこともあって、ピーク強度が50%程度まで低下する夾雑物共存化におけるイオン化阻害も確認している。

そのため、分析上問題となるリン脂質、モノ,ジ,トリグリセライドなどの高分子成分を効率良く除去でき、操作性や再現性に優れた脱脂精製法として、厚生労働省から通知されている農薬等の一斉試験法(畜水産物)にも採用されているGPC3)の適用性について検討した。その結果、分子サイズが大きくGPCでの溶出の早い脂質成分に対して、アセフェート、メタミドホスおよびオメトエートは分子サイズが小さく、GPCでの溶出がかなり遅いことから、これら3農薬の溶出画分のみを選択的に分取することによって高い脱脂精製効果が得られた。また、LCの分離カラムには、水溶液100%からのグラジエント溶出が可能であった(株)資生堂製のCapcell Pak C18 AQ(内径2 mm,長さ150 mm,粒子径3 µm)を用いて検討した結果、図6に熟成された牛肉の例を示したように、いずれの畜水産食品でも3農薬の鋭いピークが再現性よく得られ、イオン化阻害もなく高感度かつ頑健な同時分析法を開発できた。

なお、酢酸エチル抽出法は、はちみつなど粘性の高い食品では無水硫酸ナトリウムの粘度が高まり、ホモジナイズが困難となる場合がある。このため試料量を半量5 gとして、等量の水5 mLおよびケイソウ土5 gを加えてホモジナイズを行うなどの工夫が必要である8)。しかし、それでも分析者の手技などによっては脱水が不十分となり、抽出効率が低下する場合も少なくないと考えられた。そのような食品には、サロゲート物質(図7)6)としてアセフェート-d6,メタミドホス-d6およびオメトエート-d6をクリーンナップスパイクした試験溶液をLC-MS(/MS)で測定し、内標準法により定量することで、100%近い良好な回収率が得られている。回収率が極端に低い場合などを除いて、対象物質を含まない高純度のサロゲート物質を用いた内標準法を適用することで、試料調製における損失などが補正され、定量性を大きく改善できる可能性が示唆されている。

 

4.食品中の農薬等の多成分分析法

厚生労働省が示した“加工食品中に高濃度に含まれる農薬等の迅速検出法”は、あくまで健康被害の防止の観点から、加工食品中に高濃度に含まれる農薬等を簡便かつ迅速に検出することを目的としており、得られた結果から残留基準値への適合判定はできないとされている22)。このため著者らは、平成21(2009)年度から厚生労働省の加工食品中農薬等分析法検討事業により、農畜水産物だけでなく、それらの加工食品も対象とする多成分分析法の開発を開始している。

厚生労働省から通知されている農薬等の一斉試験法(農産物)には、アセトニトリル抽出法が採用されている17)。しかし、食品によっては脂肪を多く含むことから、脂肪を十分に溶解しないアセトニトリルでは極性の異なる多くの農薬等を抽出できない場合も少なくないと考えられた。なお、公示試験法の開発においては、脂肪を溶解しないアセトニトリルでは畜産物の脂肪組織との間で効率的な分配が行われず、試料から農薬等を十分に抽出できない可能性があることから、原則として脂肪を溶解可能なn-ヘキサンやアセトンなどを抽出溶媒として用いることとしている24)。一方、厚生労働省から通知されている農薬等の一斉試験法(畜水産物)は、牛乳などの液体試料を除いてアセトン−n-ヘキサン(1:2)抽出法が採用されている。アセトン−n-ヘキサン混液は脂肪の溶解力が強い。しかし、遠心により分離した水層を捨て、有機層(多くはn-ヘキサン)を分取する抽出法では、メタミドホスのような極性の高い農薬等、具体的にはlogPowが1(ジメトエート)程度以下の農薬等を抽出できない。そのため通知一斉試験法(畜水産物)は、牛肉などの固体試料中の極性の高い農薬等には適用できないとされている24)。また、 “農薬等による健康被害事案に対応する迅速分析法”および“アセフェート等の同時分析法”に採用した酢酸エチル抽出法であるが、前述したように多量の無水硫酸ナトリウムを使用することもあって、一般的なホモジナイザーでは混ざりが悪く、歯が摩耗しやすい、加熱しやすい、分析者の手技などによっても脱水が不十分となって、抽出効率が低下しやすいといった問題点が挙げられた。

そこで、脂肪組織を溶解でき、かつ脱脂精製能力が高い通知一斉試験法(畜水産物)をベースにして、①メタミドホスを始めとしてlogPowが−1程度以上の農薬等を安定して効率良く抽出するために、酢酸酸性条件下でアセトンの割合を高めたアセトン−n-ヘキサン(2:3)混液で抽出し、遠心により分離した有機層だけでなく水層も分取する抽出法、②塩分、糖分およびアミノ酸などの水溶性の高い夾雑物を水とともに除去するために、分配効率に優れた多孔性ケイソウ土カラムを用いて農薬等を酢酸エチルに転溶するオンカラム液々分配法7)、③処理時間を短縮するとともに、溶媒の使用量を大きく削減した新規GPC3, 13, 14)、④夾雑物(主にpH)の影響により破過しやすいことが判明したPSAの手前に、有機酸などを保持できる強陰イオン交換タイプのSAX(strong anion exchange;トリメチルアミノプロピルシリル化シリカゲル)を積層したミニカラム精製法、⑤GC-MS(/MS)では、GC注入部でのマトリックス効果を低減させる手法として、ポリエチレングリコール300など疑似マトリックスを添加する方法、⑥LC-MS/MSでは、極性などの異なる多くの農薬等を分離できるカラムの選択を始めとして分離・検出条件の最適化、そして、以上の検討でも真度および精度が改善されない農薬等では、⑦それらの安定同位体標識農薬(サロゲート物質)(図7)を用いた内標準法6)の適用性など種々の検討を進めた結果、図8に示したように、試料から農薬等を酢酸酸性条件下でアセトン−n-ヘキサン(2:3)混液で抽出し、多孔性ケイソウ土カラムを用いて塩析しながら酢酸エチルに転溶したのち、内径12 mm、長さ400 mmの分離カラムを用いた新規GPCにより脱脂精製、次いでSAX/PSA積層ミニカラムを用いて追加精製し、GC-MS(/MS)およびLC-MS/MSにより定量する多成分系統分析法を開発した。本分析法の一部は、2015年2月26日に厚生労働省から“LC-MSによる農薬等の一斉試験法Ⅱ(畜水産物)”として通知されている17)。なお、本分析法は、logPowが−1(例えば、メタミドホス)程度以上の比較的安定な農薬等を対象として開発したものであり、動物用医薬品や農薬等の代謝物に多いlogPowが−1程度以下の物質や酸性物質を定量できない。そのため現在、これらの物質を対象とした多成分系統分析法の開発を進めている。

 

5.GC/MSマルチ定量データベース法

著者らは、限られた人員および機器等で効率的かつ効果的な試験を行うために、種々の食品から高頻度に検出される農薬等、過去に違反事例のある農薬等などを選択した上で、複数の分離・検出法を併用した多成分系統分析法を構築している11)。しかし、平成20(2008)年1月に発覚した健康被害事案もあって、想定外を含む、より広範の農薬等を対象とする網羅的分析法も必要と考えられた。このため、前述したように“農薬等による健康被害事案に対応する迅速分析法”にデータベースソフトウェアを用いたGC-MSによる一斉分析法を採用するとともに、同年、本データベース法について検証して問題点とともに、その発展性について報告している5)

すなわち、本データベース法は、ナフタレン-d8、フェナントレン-d10、フルオランテン-d10といった安定な多環芳香族炭化水素のd体などを内標準として、主に保持指標により対象物質に割り当てている。これは環境汚染物質など比較的安定な物質には有効な手法である。しかし、GC注入部に吸着しやすいなど様々な物性を有する農薬等のスクリーニング定量には向いていないと考えられた(図9 (A))。そこで、GC-MS(/MS)による農薬等の一斉定量に必要と考えられた20種程度のサロゲート物質を選択し、試薬メーカーにこれらの混合標準溶液の開発を依頼した。そして、平成24(2012)年3月までに製品として安定した供給体制が確保されるとともに、これらサロゲート物質を実験的に得られた物性データに基づいて数百種類の農薬に割り当てて定量する技術“クロマトグラフを用いたマルチ定量分析方法”を考案した(図9 (B))。なお、本サロゲート物質の中に、p,p’-DDT-d8など“化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)”における第一種特定化学物質を始めとして厳しく規制されている物質は選択しなかった。

そして、平成25(2013)年11月、GC-MS(SIM/スキャン)で測定したのち、図10に示したように、①保持指標により農薬等を定性し、各成分に特異的な2~3つのイオンの強度比で確認し、さらに、②マススペクトルにより夾雑物の存在にも着目しながら確認した上で、③あらかじめ作成された検量線によりスクリーニング定量するといったGCMSマルチ定量データベース法を発表した25)。本データベースは、検出される蓋然性が高いと予測され、スキャンモードでは感度が不足すると考えられた160種類程度の農薬等をSIMモードで、それ以外の300種類以上の農薬等をスキャンモードで作製している。しかも、検出された農薬の確認とともに、高マトリックス食品でもいずれかのカラムで“ピークずれ”なく検出できるように、分離特性の異なる2種類のキャピラリーカラムを装着したデュアルカラムGC-MSに対応した製品として市販化されている。

同時に、より高感度なデュアルカラムGC-MS/MS(SRM/スキャン)用のマルチ定量データベースも市販化されたが、定量性を重視してデュエルタイムおよびピーク当たりのデータポイント数を十分に確保したSRMメソッドとしたことから、一度に測定できる農薬等は250種類程度に留まったが、輸入食品を含めて検出される蓋然性の高い農薬等を選択してデータベースが作製された26)。そして、最近のGC-MS/MSにおけるハード面の高速・高感度化とともに、各農薬等ごとに予測される保持時間帯のみをモニターするアルゴリズムを採用したデータ取得ソフトウェアの登場もあって、平成28(2016)年5月、SRMモードの対象農薬等をおよそ500種類まで増やすとともに、分析者によるカスタマイズも可能とするデータベースソフトウェアが市販化されている。

今後は、GC-MS(/MS)だけでなくLC-MS/MSでも、標準品を用いることなく500種類を超える農薬等の網羅的なスクリーニング定量を可能とするマルチ定量データベースソフトウェアの製品化が期待される。

 

6.おわりに

食品に残留する農薬等のポジティブリスト制度に対応する多成分分析、および食品に含まれる農薬等による健康被害事案などに対応するスクリーニング分析において、質量分析計が主要な計測機器となってきている。最近の質量分析計の性能向上には目を見張るものがある。特に、MS/MSは選択的なSRMクロマトグラムやプロダクトイオンスキャンスペクトルなどが得られることから、抽出や精製操作を簡略化した試料調製法を採用しがちである。しかし、MS/MSはイオン化を伴うことから夾雑物の影響を受けやすく、CID(collision induced dissociation;衝突誘起解離)9)によるイオン量の減少もあって、定量性の点で問題のある場合も少なくない。一方、選択型検出器付きGCやLCの性能も大きく向上しており、効率的かつ信頼性の高い試験を遂行するにあたって、今後も利用価値は高いと考えている。平成25(2013)年12月に国内で製造された冷凍食品から高濃度のマラチオンが検出される事案が発覚した。マラチオンであれば他の有機リン系農薬等を含めてGC-FPD/NPDにより、簡易かつ網羅的に検出することができる。著者らは、さらにオキソン体などの代謝物を含めてLC-MS/MSにより確認するといった多成分系統分析法を組んで対応している。また、本事案により、海外だけでなく国内でも農薬等による健康被害事案が発生する可能性があることを世間に知らしめることとなった。マルチ定量データベースを組み込んだMS(/MS)システムは、農畜水産物の残留農薬試験だけでなく、加工食品の出荷前検査、健康被害事案への検査対応での活用が見込まれ、食の安全・安心において、食料品の生産、製造業界、流通業界などへの貢献が期待される。

 

参考文献

1) 永山敏廣:食品中残留農薬に係るポジティブリスト制度(解説).農薬誌,30,418-425 (2005).

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  (2006).

3) 上野英二:ゲル浸透クロマトグラフィーの食品中残留農薬分析への利用について(入門講座).食衛誌 48,J-273-     
  J-277 (2007).

4) 椛島由佳,上野英二,大島晴美,大野 勉,斎藤 勲:愛知県における野菜・果実中の農薬残留データに基づいたポ
  ジティブリスト制度下での農薬検査対象設定方法の検討.食衛誌 49,283-293 (2008).

5) 上野英二,椛島由佳,大島晴美,大野 勉:データベースソフトウェアを用いたGC/MSによる農産食品中残留農薬
  の多成分一斉分析法の検討.食衛誌 49,316-319 (2008).

6) 上野英二:サロゲート物質の食品中残留農薬分析への利用について(入門講座).食衛誌 49,J-309-J-313(2008).

7) 上野英二:多孔性ケイソウ土カラムクロマトグラフィーの農薬残留分析への利用(実験技術講座).農薬誌35,74-
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8) 上野英二,大野春香,棚橋高志,大島晴美,三上栄一,根本 了,松田りえ子:LC-MSによる畜水産物およびはち
  みつ中アセフェート、オメトエートおよびメタミドホスの分析.食衛誌 51,122-127 (2010).

9) 上野英二:ガスクロマトグラフィー/質量分析法の農薬残留分析への利用(その1):GC-MSおよびGC-MS/MSを用
  いた食品中の農薬残留分析(実験技術講座).農薬誌36,554-558 (2011).

10) 渡邉美奈恵,上野英二,井上知美,大野春香,猪飼誉友,森下智雄,大島晴美,林留美子:LC-MS/MSによる農
   産物中残留農薬の一斉分析.食衛誌 54,14-24 (2013).

11) 上野英二,井上知美:複数の分離・検出法を併用した食品中残留農薬の多成分系統分析(講座).食衛誌 55,
   J-121-J-128 (2014).

12) 上野英二,渡邉美奈恵,梅村優子,井上知美,猪飼誉友:LC-MS/MSによる農産物中の残留農薬一斉分析法の
   妥当性評価.食衛誌 55,290-296 (2014).

13) 上野英二.農産物中残留農薬の多成分系統分析法の開発及び普及.農薬誌,40,178-187 (2015).

14) Ueno, E.: Development and diffusion of a systematic method for determining multiple pesticide residues in 
   agricultural products. J. Pestic. Sci., 40,165-172 (2015).

15) 「知の拠点」 食の安心・安全技術開発プロジェクトについて(愛知県衛生研究所ホームページ)
   [http://www.pref.aichi.jp/eiseiken/3f/chi.html]

16) GC/MS残留農薬分析用データベース Ver.2(株式会社島津製作所ホームページ)
   [http://www.an.shimadzu.co.jp/gcms/quickdb/pesticides.htm]

17) 厚生労働省医薬食品局食品安全部長通知“食品に残留する農薬、飼料添加物又は動物用医薬品の成分である物
   質の試験法について”平成17年1月24日付け食安発第0124001号 (2005).

18) メタミドホスについて(愛知県衛生研究所ホームページ)[http://www.pref.aichi.jp/eiseiken/3f/met2.html]

19) ジクロルボス始め有機リン系農薬の検査について(愛知県衛生研究所ホームページ)  
   [http://www.pref.aichi.jp/eiseiken/3f/dichlor.html]

20) Tomlin, C. D. S. eds., The Pesticide Manual 14th ed., UK, British Crop Protection Council, pp. 186-187, 2006.

21) Simplified analysis of pesticide residues in food using the Swedish Ethyl Acetate method (SweEt)
   (National Food Administration, Sweden) [http://www.laprw2011.fq.edu.uy/pdf/Lunes/Susanne%20Ekroth..pdf]

22) 厚生労働省医薬食品局食品安全部基準審査課 “加工食品中に高濃度に含まれる農薬等の迅速検出法につい
   て”平成25年3月26日付け事務連絡 (2013).

23) 「加工食品中に高濃度に含まれる農薬等の迅速検出法」が公示されました(愛知県衛生研究所ホームページ) 
   [http://www.pref.aichi.jp/eiseiken/3f/nouyakujinnsoku.html]

24) 根本 了:食品中残留農薬公示試験法の進歩.食衛誌 51,349-359 (2010).

25) 上野英二,井上知美,大野春香,渡辺美奈恵,猪飼誉友,高倉誠人,北野理基,宮川治彦,齋藤 勲:マルチ定量
   データベースを用いたデュアルカラムGC-MSによる食品中残留農薬の多成分分析.
   日本食品衛生学会第106回学術講演会講演要旨集p.46 (2013).

26) 北野理基,高倉誠人,宮川治彦,井上知美,齋藤 勲,上野英二:マルチ定量データベースを用いたGC-MS/MSに
   よる農産物中残留農薬の多成分分析.日本食品衛生学会第106回学術講演会講演要旨集p.104 (2013).

27) 高倉誠人,北野理基,宮川治彦,齋藤 勲,上野英二:マルチ定量データベースを用いたGC-MS/MS残留農薬スク
   リーニングの検討.日本食品衛生学会第111回学術講演会講演要旨集p.60 (2016).

 

執筆者のプロファイル

上野英二(うえの えいじ)
愛知県衛生研究所 食品監視・検査センター 監視・検査G長、農学博士
(専門分野)食品の理化学分析

 

 

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